今回お話を伺ったのは、長野県飯山市でケールを育てる岡忠農園(おかちゅうのうえん)の岡田忠治さんと早苗さん。お二人は2014年に東京から移住して就農。前職ではファッション関係で川上から川下まで関わり月の半分は海外で過ごしていたという忠治さん、そして雑貨の商品開発に携わっていたという早苗さんは、それぞれの経験が、当時はまだ一般的ではなかったケールの“マーチャンダイズ”に生きたと言います。就農してからどのような道を辿り、現在何を考えているのか、インタビューしました。
前職を生かしたケールのマーケット開拓
「こんな経歴の私がなぜ農業を? とよく聞かれますが、自然豊かな飯山で適した職は何か考えると農業しかないと思ったのです」と話す忠治さん。長男ということもあり、37年間東京に暮らしていましたが、いつかは戻ろうと考えていたといいます。実家は兼業農家でしたが、農作業の経験はなく、ゼロからのスタートでした。
忠治さんと早苗さんは右も左もわからぬまま30種類ほどの野菜を試験的に栽培し、土地に合う野菜を模索、栽培方法を研究していきました。その時に栽培に成功したケールが東京の友人にも好評だったこと、そして夫婦共通の趣味「サンバ」を通じてブラジルレストランでケールを食べた際の感動が呼び起こされたことから、当時はまだ食用として普及していなかったケールを農園の中心に据えることに決めました。近隣でケールを栽培する農家は少なく、ほぼ独学で試行錯誤を重ねた末、広い畑で毎年約半年間ケールを収穫し続けるまでになったのです。
「海外では色々なケール料理がありますが、日本では食用より青汁に使うイメージが強く、当時は食べるイメージが湧かない消費者がほとんどでした」。そこで、まずはリサーチとしてカリフォルニアへ渡ったという二人。ファーマーの元は勿論、ケールがどのような販路を辿りテーブルにまで運ばれていくのかを調べ上げました。その上で、日本で食用ケールを広めていく道筋を立てていったといいます。
その際に大いに役立ったのが、お二人の前職の経験。忠治さんはアパレルの世界で数年先を見据えてニーズを考え、リサーチをし、ターゲットとなる客層や販売価格を考えマーチャンダイズを進めていたこと。早苗さんは雑貨メーカーで同様に商品開発をしていたことを、農業に転用していったのです。
「まずはケールを食べてもらって味を知ってもらうために、食べてもらえる場所、調理法などを色々な視点で調べ、スーパーマーケットだけでなく飲食店関係にもアプローチしていきました。その結果、2023年1月時点での販売比率は70%が飲食店になり、彼らを通じて一般消費者への認知度が上がってきていると感じています」。ケールの栄養価の高さは認知されているため、食用としてもおいしく食べられることが広く知られるほど需要の高まりを感じているといいます。「野菜を育てて流通させ、ヒットさせる感じは、時代を先読みする前職の動きに似ているので、戦略が当たると一層励みになるんです」。
食べ易いと人気のケール。審美眼ある栽培と鮮度がポイント
岡忠農園が栽培するのは大きな葉のコラードケールと、サラダに適したカーリーケールの2種類。ジュースにはどちらも使えますが、前者は味が濃く出て、後者は生でも食べられると言う利点があります。濃い味わいがありつつ、爽やか。お二人は生食もおすすめしていますが、加熱処理した際の味わいに虜になる料理人が多く、今では飲食店への納品が主体になっています。これが、一般家庭の台所で馴染みのなかったケールを、皿の上でどういただくかの提示・普及につながっていると言います。
産地ごとの技術に加え、収穫のタイミングの見極めが非常に難しいケール。「これくらいで美味しい、というタイミングがあります。ただし、鮮度が長持ちしないため、その日のうちに届いて食べていただけるなら良いのですが、箱を開けて使っていただくところから逆算して収穫・出荷します」。
5月中旬から11月にかけて、夏場を中心とした露地栽培のため、病害虫との闘いの日々。極力、化学農薬や肥料を少なくするよう心がけながら、手での害虫の駆除も行い細やかなケアを怠りません(cf.同農園は、県内初のエコーファーマー認定を受けています。エコファーマーとは、1999年に施行された「持続性の高い農業生産方式の導入に関する法律」に基づき、土づくりと化学肥料・化学農薬の使用の低減を一体的に行う農業生産を計画し、知事の認定を受けた農業者を指します。)。
ケールの収穫について、早苗さんはこう話します。「毎日畑を見ていると、ひと目見て『美味しそう』とわかる様になります。一つずつものが違うのですが、繊維の入り方、色つや、茎の水分量などが収穫する瞬間にわかるんです」。その時お客さんの顔を思い浮かべることが、何よりのモチベーションなのだと言います。
ケールは台所で馴染みのあるあらゆる葉物の野菜と同じように料理に使えます。早苗さんのおすすめは、オイルドレッシングを絡めて馴染ませてからいただくサラダ。「火を通すレシピの数々も人気で、鍋に入れるのは手軽でトライし易い。炒めても茹でても良く、子どもたちにも好評です」。
適正な取引を。「青果業界にもディストリビューターが必要」
鮮度に品質を大きく左右されるケール。農家にも品質、出荷量、価格を見極める能力が必要だと忠治さんは話します。「食用ケールの生産者が増えてきて嬉しい反面、不安も感じます。品質低下、供給過多、価格暴落が起こらぬよう、計画的に栽培、出荷をしなければなりません。ケールに限らず、これからの農家はマーケットを見て、しっかりとしたマーチャンダイジングを考えた計画生産が必要だと思います」。
また、業界に市場を見て流通をコントロールするディストリビューターの存在が不可欠だと言います。「現状だと変動相場制のプライスで成り立っており、先を見ていない。早く作って早く出荷すれば高く売れる仕組みだから、これでは旬がなくなってしまいます。そこを根本的に変えていかないと農業の現場は変わらないでしょう。青果業界にそこを変えていける優秀な人材が必要です」。
「若い人たちが、そんな渦に巻き込まれることのないようにしてほしいです。そして、農家はお人よしで、野菜を買ってもらえるなら価格はいくらでも良しとしてしまう人が多いのですが、ここも変えていかなくてはいけないと感じています。流通過程でマージンを取られて原価割れしてしまいますから、プライスは生産者が決めないと駄目です。是非プライドを持っていただきたい」。そうして新規就農者を増やしていきたいと話してくださいました。
産地に足を運んでほしい。「自然はアート」
最後にこんなメッセージをいただきました。「Why Juice?さんにできることはたくさんあると思う。会社としてデザインやファッションのこともやっていますから、そこでマーケットを見ている経験を食に繋げていってほしい。私の経験上、やはりファッション業界の人はレストランが好きです。自分だったらこう食べたい、という彼らのアイディアをぜひ実現してほしい」と忠治さん。
早苗さんは「植物ってアート。そこから受けられるインスピレーションはいくらでもあります。デザインやファッション関係の人はもちろん、どんな方も。身近な生産者のところでいいので農家の営みを見にいってみてほしいです。そこで見ることのできる花、色。とても大事な経験で、ものづくりの原点が全て詰まっていると思います」。そして、20代の時に雑貨業界でものづくりに携わっていて時に畑での経験をしたかったと話します。Why Juice?を通して、そうした経験やエッセンスを皆さんに一層お伝えしていきたいと思わされる取材となりました。