Why ひとびと ?

風景を守り続ける桃農家

Why ひとびと ? ももマーケット 果物 笛吹市 農業

2024.07.11

PROFILE

堀井俊彦

宝桃園

千葉県出身。大学卒業後、IT系商社に勤務する。20代後半の結婚を機に桃農家へ転身することを決意して退職、山梨へ移住。地域の桃農家を回って修行を重ねる。現在は個人の顧客はもちろん、多くの料理人たちをも魅了する桃を毎年作り続けている。

堀井俊彦さんのこと

山梨県笛吹市一宮町は、日本有数の桃の生産地。「桃源郷」とも呼ばれ、春先には桃の花が一斉に咲き誇ります。今回ご紹介するのは、ここで3代に渡り果実農家を営んでいる宝桃園(たからももえん)さん。代表の堀井俊彦さんは、桃農家になって16年。20代後半までは東京で働いていました。職場で出会った奥様の実家を継ぎ、今では毎年おいしい桃を各地に届けています。


年月をかけて営みをつなぐ

奥様の実家で初めて桃を食べた時、そのおいしさに感動したという堀井さん。「この家では夕飯の時に畑で野菜を取ってきて、それを料理して食べてて。そういうのがいいなと思ってさ。東京の仕事もすごく面白かったけど、結局は数字の世界。人生の時間の使い方を考えたときに、こちら(農家)の方が有意義だと感じたんです」。そうして、1年の準備期間を経て移住・就農しました。

「はじめは右も左も分からなくて。家にも分かる人間がいなかったから、桃の名人のような人について教えてもらっていました。桃の場合は、どんな作業も、1年に1度しかできない。苗を植えて6年目からやっと収穫できるようになるんです。今はこんな気候だから、収穫までに14〜15年かかる品種もある。10年かけてやっと一巡したという感覚でした」。16年経った今でも、時折名人から学んでいるのだそう。

 

土地の一部としていかに機能していくか

桃農家は常に6年先を見据えている、と堀井さんは話します。それにも関わらず、6年以上かけてやっと収穫できるという時に台風の被害に遭うこともあります。近年は気候変動の影響で木が弱ってしまったりと、これまでの桃農家の経験が通用しない事態に見舞われています。「毎年試行錯誤して対応していかないといけない。難易度が上がっていて、名人ですら毎年『過去最悪だ』って言っています。そうはいっても、自然と『闘う』という感覚はありません。僕たちは自然と共生していくだけだから。だめな時はしょうがないって受け入れるしかない」。

そんななか、気候変動の問題にどう対応し、地球環境の変化をどう捉えているのでしょうか。「もともと桃というのは樹間(木と木の間の間隔)を広く取り、きちんと日が当たるように作るのですが、今は密植にしてしまっています。そうやってあらゆる作業の仕方を毎年変えています。人間にできることなので限られてるんですけどね。気温も変えられないし…」。

堀井さんの農家哲学の根底には、「テロワールの考え方で、我々も土地の一要素としていかに機能していくか。いかにうまい共生関係を組み込んでいくか」という考え方があります。「農家としてどう食べていくか、よりも、環境に対して何をしていこう、という思考回路の方が強いかな」。

それは、農法に対する考え方にも表れています。農作物の品質や安全性が農法で語られることについて、「農法は手段なんだよね。手段が目的化してしまっていることが多いと感じています。どういった結果を導くかが大切ですから、僕はそれぞれの農法のいいとこどりをしています。だから自分の桃に対して何農法、と名づけることはしていません」。

「例えるなら、有機肥料は人間で言う健康な食事。化成肥料はサプリメントや栄養剤。農薬は抗生物質、風邪薬。基本的には健康な食事(有機肥料)でいい環境を整えるけれども、適量のサプリメント(化成肥料)が必要な場合もある。時には風邪をひくことだってある。ただし、農薬の使用量はすごく少ないです」。

「農薬の使用の是非は、味を良くする謳い文句にもなりません」。減農薬の安全性についても教えてくれました。「減農薬をやっていくと、人間にとって美味しいものですから、鳥や虫も食べにやってくる。そうすると、果実は天然の農薬に代わるものを出すんですよ。それがどの程度危ないかは議論されていますが、一概に安全とは言えないのが事実です」。

「全部中庸というか、時々のバランスをとっていけばいいのかなと考えています」「広い意味では、そうやって環境問題に取り組んでいくことが農業だよなって思うんです」。

 

農家に与えられた使命

さらに農家の社会的な役割について、こう話します。「『風景を守り続ける』ことは農家の使命の一つだと思っていて。この土地も、僕の全然知らない人たちが10年以上も手がけて見せてくれているんですよね。今度は僕たちが50年後、100年後に、僕たちが知らない世代の子どもたちにもこの風景を見せてあげないといけません」。

 

うつくしい豊かな環境がおいしい食べものを作る

そんな堀井さんが今一番関心を寄せているのは、エンドファイトと呼ばれる微生物についての研究なのだとか。エンドファイトとは、植物内部に共生する微生物の総称で、ほぼ全ての植物に存在しています。

「これが例えばその土地のタンポポと、ナズナと、桃の木とをすべて繋いでネットワーク化していることがわかったんです。そこで情報交換して、水分供給までエンドファイトが作用するケースもあるらしくて。単一の桃の木だけでなく、多様性のある植生の全体のバランスが取れている時に桃もよく育つ。その話を聞いたときに、なるほど、そうだよね、と感じて」。

微生物が作り出す自然界のメカニズムについて、日々の営みから実感を得られたという堀井さん。「豊かな風景を残す。それでこそいい桃を作ることができる。エンドファイトの話を知って、景色を守りたい、という話と、おいしく作る、ということが僕の中でリンクしたんです」。

「『風景を守りたい』と言っても綺麗事のようで食っていけるのか、家族を守れるのかという問いが挙がりますが、今では景色を守れる、そして家族を守れる、と言えるようになりました」。

 

畑と、桃のこと。おいしい食べ方は?

山梨は果物の産地として知られていますが、宝桃園がある笛吹市も、昼夜の気温差が大きく、日照時間が長くて年間降水量が少ないことから、長年果物が栽培されてきました。扇状地で豊かな土壌にも恵まれています。

宝桃園では6月中旬から8月下旬にかけて、5種類の桃が収穫されます。初夏の桃は甘酸っぱい香りで柔らかくみずみずしい。真夏は果汁が豊富でクリーミー。晩夏の桃は濃厚な味わいの肉厚の桃。香水のような香りが広がるネクタリンや、硬い食感が人気だという幸茜という品種もあります。

桃は朝採れたものを即日発送。「届く頃にちょうど良い熟度になるように計算して収穫します」。このタイミングを見計らうのも職人の技。「収穫1週間くらい前にものすごいポテンシャルが上がってくるんです。摂るタイミングが数時間でも違うと変わってくるので、すごくシビアです」。五感を使い、桃に軽く手をかざして判断していくのだそうです。

「採れたては洗って皮ごといただくとおいしい。その後1日、2日と経過すると熟してくるので、好みのタイミングで食べていただけたら。それぞれに美味しさがあります。しっかりした硬めのものは冷製パスタやサラダにするのがおすすめです。お届けしているお店ではソースに漬け込んだり、ピクルスにしている方もいますね。個人的には熟したものをソテーするのも好きです。そして悔しいけれど、やっぱり桃モッツァレラはうまいです(笑)」。

 

共存共栄の関係性で共に風景を守っていく

収穫のタイミングが僅かに遅れたり、熟しすぎたり、傷があったりするものはWhy Juice?へ送られます。「色が悪い、葉っぱが擦れたためにできた乾いた傷がある。そういった桃の実は、僅かな傷を自分で治そうとしているからすごく美味しくなっているんです。贈答用にならないけれど、カットして使えます。贈答用にできない桃は、ほとんどWhy Juice?や飲食店といったパートナーさんが買い取ってくれています。桃に新しい使命を与えてくれるんですよね。新しい桃の楽しみ方を提案してくれたり。共存共栄のコミュニティのようになっています。全ての桃に行き場がある。パートナーさんたちにも風景を守っていただいてるんです」。


桃の木の枝打ちや更新で出る桃の木の一部は、湘南の食肉加工工房・ピュアファームさんでスモークチップに生まれ変わります。「いろいろな無駄をなくし、大きな循環を回していくために、桃農家としてできることを続けていきたいです」。

最後にこんなメッセージをいただきました。「デザインって、設計じゃないですか。Why Juice?さんが動いて設計をするから、循環を生み出すようなスキームが構築できている。例えば、これまでロスになっていたものが価値化されて、活用されるようになったり。そこにはエポックメイキングが必要ですが、そこが上手い。新しいおいしさを生み出すことは、次世代に残していける大きな文化的価値だと思います。これからも、おいしさのバックボーンも伝える設計をしていただきたい。おいしい食べものって、調理も含めて、背景がきちんとある。そこに美しさがある。Why Juice?さんによっていろいろなものが最適化・リデザインされていくのをこれからも期待しています」。

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