Why ひとびと ?

おいしさの秘密は美意識と技術力

Why ひとびと ? しょうが 山武市 農業 野菜

2023.09.13

PROFILE

松下信也

サンバファーム

幼少期より機械好きで、工学部へ進学。卒業後は水処理プラントのエンジニアとして働く。息子の誕生を機に人生について考え、農家へ転身。千葉県山武市にて研修を積んだのち、同市にて2011年にサンバファームを開業。一年目から生姜に力を入れる。現在は主に飲食店やグローサリーショップに向けた野菜を育てている。

松下信也さんのこと

「子どもができたことで、これからの生き方を真剣に考えました」と話す松下さん。「サンバファーム」という屋号は、「母なる大地から生まれる新しい命、野菜に寄り添う、お産婆さんのような農家になりたい」という思いから名付けられました。Why Juice?には、サンバファームを代表する作物・生姜のほか、フードや販売用に季節の野菜を毎週届けていただいています。

食べるものの大切さに気づいて

以前は埼玉県の川口でエンジニアをしていた松下さん。「環境問題に興味があって、さらに海が好きだったので、水をきれいにする取り組みをしている会社を選び、工場排水や牛糞尿などを処理するプラントの設計・施工の仕事をしていました」。

8年ほど働いたころに子どもを授かったことが、農家になる大きなきっかけになったと話します。「子どもが母乳や食べものを口に入れて成長していく姿を目の当たりにして、彼らが食べるものは体調や発育に大きく影響するのを実感しました。食べものの大事さに改めて気付かされたんです」。

食や環境への関心が強くなっていったというそのころは、松下さんは今後の働き方について再考している時期でもあったといいます。「水処理プラントの仕事も面白かったのですが、ものづくりや、屋外での活動や、自営業をやっていきたいとも考えていました。そんなタイミングで、たまたま農業体験の機会に誘われたんです。実際に農作業を体験してみたら、この仕事で食べて行くことができたら面白いかもしれないと感じました」。先輩農家の元を訪れて回り、生計を立ててゆくイメージを膨らませ、就農へと舵を切っていきました。

「妻も僕も冷え性なので、生姜をやろうと決めていました。無農薬の生姜もあまりなさそうだなと思ったこともあって。それで、生姜を有機栽培している農家を探して研修させてもらうことにしたんです」。その研修先が、のちに松下さんが根を張ることになる千葉県山武市です。研修を終えると、新規就農者の受け入れに積極的なこの地域に畑と住居を見つけ、サンバファームを立ち上げました。

畑と、生姜のこと。美味しい食べ方は?

松下さんがサンバーファームを構える千葉県山武市は、千葉県北部を覆う広大な北総台地の上に位置する、農業や畜産が盛んな地域。「この辺りは地力があり農業に向いているんです。火山灰土で出来た黒墨土は、水捌けも水持ちもいい。地形が平らで山が少ないため、獣害も少なめ。街から離れていますが、農家向けのビジネスが盛んなので、インフラが整っていて助かっています」。

生姜は春に種(生姜そのもの)を植え、1ヶ月かけて発芽したら、9月に収穫するまで水をかけてやりながら大切に育てます。生姜は葉が細く土が露出され、まわりに雑草が多く生えます。その雑草を除く作業に骨を折ると言います。

9月から徐々に新生姜を掘り出していきます。「土から出て間もない状態の新生姜は、皮が柔らかくて瑞々しさがあって、辛味がマイルドで食べやすいです」。

11月頭には一気にすべて掘り出し、2メートルほどの深さの穴で貯蔵しながら熟成させ、少しずつ出荷していきます。穴に貯蔵するのは、この地域の寒さに生姜がやられないようにするため。このようなサイクルで、年間3トンもの生姜を作ります。「保存期間が長くなると徐々に辛味がましますが、流通している多くの黄色い生姜よりは辛味が少なく、食べやすいと言っていただけています」。

生姜の美味しい食べ方についても教えていただきました。「僕が好きな食べ方は、佃煮や、生姜ご飯にすること。生姜シロップにするのも良いですね。あとは、僕はあまりやりませんが、デザートに使うと美味しいと聞きます。チョコレートケーキの中に入れたり」。

9年目のターニングポイント

当初は個人向けの野菜セットを販売し、有機組合を通して大手の宅配業者に野菜を卸していた松下さん。その野菜の魅力から年々人気を集めていきましたが、今では飲食店向けの野菜を中心に作っています。畑を始めてからの間に、どのような変化を経てきたのでしょうか。

「始めた当時、野菜が売れないという点で深刻に悩むことはありませんでした。研修先で色々と教えていただいたおかげです。最初は有機組合を通じて卸していて、次は個人向けのセット販売やマルシェへの出店をしていました。販売は順調で、お客さんがどんどん増えていきました」。

農家としての駆け出しは好調でしたが、ある壁にぶつかったと言います。「お客さんが多くなっていくことはとてもありがたかったのですが、ものすごく忙しくなってしまったんです。最初は栽培で忙しくて、お客さんが増えてからは事務仕事が煩雑になっていって、時間のやりくりが難しくて。家族との時間を増やしたくて農業を始めたけれど、なかなか実現できなくて葛藤がありました」。

そうして3年ほど前に、販売先を飲食店に絞ると決意。「立ち上げからずっと買ってくださっていた方々もいたので心苦しかったのですが、あのままでは体が持ちませんでしたし、畑も限られた面積だったので、一回手放そうと」。やっと多忙だった日々が落ち着き、ご家族との時間も以前以上に持てるようになったそうです。

松下さんの美意識とモチベーション

シェフやグローサリーショップから評判を得るサンバファームの野菜。そこには松下さんの美意識が光っています。

「その野菜が誰かに勧めたいと思えるものかどうか、また買いたいと感じるかどうか、が大事なところだと思います。なので僕は、虫食いや虫つきは送らない。食べものだから、味はもちろん見た目もすごく大切。自然のものだから虫がつくという声もありますが、僕は技術不足だと思っています。いくらでも虫がつかないようにする作り方はあります。虫がついてしまった場合、野菜が苦味成分を出して美味しくなくなってしまうものもありますから、そうしたものはお客さんに出したくないですね。おかげで『野菜がきれい』とはよく言っていただいています」。

そんな松下さんの一番のモチベーションは、家族と野菜のおいしさや農業の営みを共有できることだと話します。「野菜ができたらだいたい家族が最初に食べるのですが、その時に妻や息子たちが美味しいと言ってくれることは何より嬉しいです。畑で作業が間に合わない時、家族が手伝ってくれるということもあるのですが、みんなで草を取ったり木を切ったりということがたまにでもあると、いい時間だな、この仕事をやっていてよかったなと感じますね。もう子どもたちもある程度の年齢なので、ちょっとしたバイトにしてやらないと来てくれませんが(笑)」。

「朝陽、夕陽、風なんかを感じられるときも、農家をやってよかったなと感じる瞬間です。野菜が美味しくできるのは何度もやっていれば当たり前で、野菜を作ること自体に対する新鮮味は年々減ってしまいますが、今の世界情勢や、目の前の異常気象を目の当たりにすると、日常をこうして送れること自体がすごくありがたく感じますよね」。

2021年に訪れたコロナ禍では、多くの飲食店が打撃を受けるなか、松下さんの取引先の数々は細くとも営業を続け、存続を果たしたと言います。「普段から料理やお客さんとの関係が築けているから続いたんだなと感じます」。松下さんも、飲食店への出荷が減って卸を増やしたりと影響を受けながらも、大きな損害被らずに済みました。食べるものへ真摯に向き合う人と人とのつながりは、有事に支え合える弱いネットワークとなったようです。

そして、野菜の届け先への思いも語ってくださいました。「野菜が美味しいことを知らない人が多いじゃないですか。単に栄養があるから摂るという場合も多くて。僕が野菜を届けることが、実は野菜だけでも美味しいことを知るきっかけになったら嬉しいです。簡単で、ちょっとした驚きもありつつ美味しい野菜。調理が難しくなくて美味しい。シンプルな食べ方で喜んでもらえたら嬉しいですね」。

現在の農業について考えていること

高校時代より仕事を通じて環境問題に関わっていけたらと考えていた松下さん。前職で堆肥化を扱ったり、水の配線を組んだりしていた経験は、今の農業に大いに役立っていると言います。「好きなものに惹かれてやってきたことは、自然とつながっているんですね」。実際に農家となり、現在はどんなことに課題を感じているのでしょうか。

「Why Juice?さんやグローサリーストアへ出荷する際、鮮度保持袋と呼ばれる透明なプラスチックの袋に入れるのですが、何かそれに変わる良い方法はないかなとは思っています。剥き出して売って量り売りをする、と言った方法もありますが、なかなか萎びてしまった野菜は売れませんからね。一つの袋に複数の野菜を入れたり、保管方法が同じものを入れたりと、使う袋の枚数を減らす工夫をしてはいますが、代替方法を探しています。

それから、有機農業とはいえ、苗を植える際にどうしても土の上にフィルムを敷かざるを得ません。それがないと、雑草がものすごく生えてしまい、管理が大変になるんです。使い終えたものは近くのリサイクル工場に出してプラスチックの原料になってはいますが、今後も続く方法か疑問です。農業関連のサステナブルな資材の開発が進んだら良いなと思います」。

おわりに

「Why Juice ?さんが台風の後に助けに来てくださったことは今でも忘れません。距離は離れていても日頃よりコミュニケーションが取りやすく、ずっとこの畑で一人で仕事をしているとありがたい存在です。

お客さんのなかには食に対する問題意識を持っている方がたくさんいらっしゃると思います。なかには、無農薬や有機農業が良い、それしか選択しない、という声もありますが、オーガニックだけが素晴らしいわけではないと思っています。農薬を使っていても量を守ってすごく美味しい安全な野菜を作っている農家もたくさんいます。そうしたことを知っていただけたら良いなと思います。あと、野菜は生で食べればなんでも最高というわけではありません(笑)。火を通した方が美味しいものもたくさんあります。Why Juice?さんを通じて、そうしたことを伝えていけるような機会を持つことができたら、とてもありがたいなと思います」。

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