石毛康高さんのこと
クレイジーファームの石毛康高さんと私たちとのお付き合いは10年ほどになります。Why Juice?がジュース事業を始めるタイミングで、ビーツの栽培をお願いしたのが始まりでした。それまではビーツを作っていなかったそうですが、そのおいしさから、今ではさまざまな料理人の元へ石毛さんのビーツが届けられています。
畑と、栽培の特徴
クレイジーファームの畑があるのは、山梨県北杜市小淵沢町。南アルプスの山並みを望む、八ヶ岳南麓の中山間地域です。標高が高いので、冬や春先は冷え込みます。そのためビニールハウスなどを活用した、寒さから作物を守る工夫が欠かせません。Why Juice?へやってくるビーツも、春先にビニールハウスである程度の大きさまで育ててから畑へ植えています。今回は、南アルプスにまだ少し雪が残る6月に取材に伺いました。南アルプスから流れる川からミネラル豊富な水が畑へ運ばれ、農作物には自然の恵みがたっぷり詰まっています。
石毛さんが就農するまでの道のり
子ども時代から自然環境や生態系に関心があったという石毛さん。大学では、バイオミメティックス(生物の構造や機能、生産プロセスを観察、分析し、そこから着想を得て新しい技術の開発や物造りに活かす科学技術)を研究していました。そして、「循環型の社会」を世の中へ訴求するには農業が一番だと考え、農業関連の会社で働いたのちに就農。会社員時代は農薬が原因で体調を崩したりと、農業が抱える問題を身をもって実感したと言います。「あらゆる農薬散布をしてきました。マスクとカッパをしていたのですが、それでも具合を悪くしてしまい、声も出なくなってしまいました。農薬散布は消費者のためですし、今実際に農業を始めてみるとある程度致し方ないとわかったのですが、生産者が健康を害してまでやるべきなのかと考えさせられました。それで、自分がやるなら有機栽培だなと」。 時を同じくして、移住の前触れとなる出来事が訪れます。「父親が北杜市へセカンドハウスを作りたいと言い始めたんです。竹藪しかない土地を買って、僕も働きながら毎週末開墾のために足を運んでいました」。そうして汗をかいた積み重ねが、後に畑を譲り受けたり、移住者・新規就農者として集落に受け入れられることにつながったのではないかと話します。「北杜市に通いながら就農を考えている時、近所の農家さんが畑を引き継がないかと声をかけてくださったんです。これは運命だと思いました」。
これまでの苦難とやりがいについて
退職後、農業の専門学校で実践の術を学び、先人から土地を受け継いで何とか畑を始めたものの、当初は苦難の連続でした。これまで野菜を作っていなかった場所で、有機栽培を始めたこともあり、獣害に見舞われたのです。鹿や猪たちとのいたちごっこは2、3年続いたと言います。「がむしゃらでした。とうもろこしやじゃがいもは、そろそろ収穫だという時に全部やられてしまいました。カカシを作ったり、電気柵を試したり、好みの野菜は出るところへ植えないようにするなど、色々対策を考えて、落ち着くまで4年ほどかかりました」「大変でしたが、不思議なことに農家を辞めたいとは一度も思いませんでした。悔しかったんですよね」。
獣害との闘いを経てようやく農家としての営みが軌道に乗りましたが、2011年の豪雪で作物も畑も失います。「冬季はビニールハウスでの栽培が鍵となるのですが、それが雪で軒並み潰れてしまったんです。育苗も始めていたのですが、だめになってしまって。当時は、北杜市内のレストラン DILL eat,life.(以後DILL)の夫婦や仲間が手伝いに来てくれました。あの時ゆかさん(DILLを営む夫婦の妻)が泣きながらハグしてくれたことは一生忘れません。他にも仲間たちが手伝ってくれたり、近所の農家さんがビニールハウスの鉄パイプを提供してくれたりしてどうにか乗り越えることができました」。畑を平時の状態に戻すまでに一年もの月日がかかり、これまでで一番辛い出来事だったと言います。
「その年は就農した頃に比べて気温が上がってきていて、ゲリラ豪雨など極端な気候の変化を経験して、環境問題や気候変動の問題は僕一人の小さな営みだけではどうにもできない、それでもできることからアクションしていかなくてはいけないと強く思うようになりました。DILLの二人とも自分達にできることについて、よく話しています」。
「近年のコロナ禍もきつかったですね」。ここ3年ほどは飲食店への卸がメインでしたが、ほぼ全てストップしてしまい、頼みの綱の直売所も閉鎖。従来の売り先が途絶え、宅配販売をして回ることで乗り切りました。
「さまざまな困難があっても続けられるのは、お客さんの存在が大きい」と話します。 「皆さんに野菜を美味しいと言っていただけて、待っていていただけることが一番のモチベーションです」。
石毛さんの野菜の魅力
人づてに繋がり野菜を届けるようになった料理人とは継続的な関係性を築き、さらに年々その数を増やしています。石毛さんの野菜のどんなところが料理人たちを惹きつけるのでしょうか? 「西欧野菜を含む種類の豊富さと、味を評価していただいているように思います。西欧野菜は、最初にお付き合いを始めたイタリアンのシェフの提案で、イタリアから持ち帰ってくださった種を作付けして栽培を始めました。イタリアズッキーニやフィレンツェ伝統のナスなど、料理人の方々に重宝していただいています」。 味の追求については「前提として自然環境に配慮した農業を心がけていますが、美味しい野菜を育てることを何より重視しています。色々な農法を試して来ましたが、完全な自然農法は味がワイルドになり過ぎてしまうんです。野生みも残しながら、甘さや、味の奥深さを出す方法を探してきて、今のやり方(微生物を利用した農法。安全で美味しいだけでなく栄養価や環境に配慮することを出発点とする)に落ち着いています」。自身で試行錯誤しつつ、料理人のフィードバックも積極的に取り入れています。
ビーツについて。美味しい食べ方は?
クレイジーファームで育つビーツは6月中旬から8月ごろまでが旬を迎えます。まだ冷え込む4月にビニールハウスで種をまき、5月はじめに苗を畑に植えます。植えてから根が春一週間ほどは水やりなどの手入れを欠かさず、それ以降は大きく育つのを見守ります。
「赤、黄、渦巻き(カットすると赤と白の渦巻き柄の断面が現れる)の3種類のビーツを育てています。赤と黄は、そのままでも美味しいですが、火を通していただくのをお勧めします。一気に加熱するのではなく、茹でたり、電子レンジで温めてから、さらに煮ると美味しいです。少し時間と手間がかかりますが、甘さがより出てきます」。黄色いビーツはカロテンの作用で柿のような甘さを楽しむことができ、渦巻きのビーツは見た目を楽しみながら、比較的さっぱりと味わえます。
葉はどうするのか、伺ってみました。「葉はサラダにしたり、ソテーにしていただくと美味しいです。スイスチャードに似ていますが、より食べやすいので幅広い方に召し上がっていただけると思います」。 実を使われることがほとんどなので、葉は落としてしまうことが多いそうですが、食べきれないものは米糠などと混ぜて堆肥化しているということです。
現在の農業について考えていること
石毛さんが感じている、今後の農業の課題について聞いてみました。「一つは担い手問題です。この集落も2人しか農家がいませんが、皆兼業で専業は僕1人。さらに高齢化が著しく、10年後どうなるか不安で仕方がありません。日本の7〜8割がこのような中山間地域で同様の状況ですから、急を要する課題ですよね」。「また、16年間畑に立って来ましたが、気候変動によってこれまでと同様のやり方ではやっていけないのを痛感します。これまで作れたものが作れなくなったり、逆にたとえばレタスなんかはすぐ出来上がってしまい、より細かい作付けをしていかないといけなくなる。そこに対応するには経験が必要で、データは役に立たない。風の感じや、鳥の様子、花の咲き方など全てにアンテナを張って観察しています」。そうしたやり方で農業を担える若手が必要なのです。
いわゆる観光農業についてはどうお考えなのでしょう。「単一の作物を大量に作るとなると、どうしても農薬や化成肥料を使わざるを得ません。仕方ない面もあると思います。ですが、化成肥料や資材の調達を世界情勢に左右されてしまう状況下で、これまで通りのやり方では続きません。農薬や化成肥料を使っても良いと思うのですが、その量を減らしたり、それに代わるものを使って栽培していく努力がこれから求められます」。
北杜市では、地域で出る落ち葉やキノコ農家の廃菌床、木のチップなどを使った地域ぐるみの堆肥づくりが始まっています。「従来の堆肥は窒素の割合が多くて炭素が少ない。そうすると土の中の微生物の餌になりにくいのですが、北杜市では炭素割合が多くなるように仕上げています。さらに、中熟の状態で堆肥として農家へ送り、畑で完熟させるようやり方を取っています。まだ量がないので数軒の農家でしか使われていませんが、これから増えることに期待しています」。 その堆肥を使うことで作物の品質も上がり美味しくなるのだそうです。
「僕自身も、少しでも環境に負荷をかけない農業がしたくて、去年から緑肥栽培を始めました。ライ麦を秋から育て、春、穂が出る前に刈り取り、土に混ぜ込むことで、土壌改良と、他の肥料を使わないやり方を実現しています。トマトなどは、鶏糞や堆肥使ったものよりマイルドで優しい味になっています。冬の冷たい風で畑が砂漠化するのを防ぐ効果もあるんです」。 そうして今後も自身の畑から、社会と環境に対してできることを実践していきたいと話してくださいました。
おわりに
「Why Juice?さんには、これからも美味しいジュースを作っていただくと同時に、僕らの思いも伝えていってほしいです。今日こうしてお話したことが、少しでも消費者の方に届いたら、この上なく嬉しいです」。石毛さんの熱量を肌で感じた今回の農園訪問。その思いを受け取ったことで、ビーツをさらに美味しくいただくことができそうです。